ADXとゲームサウンド

1996 年に誕生したADX。「オーケストラのゲーム音楽が聴きたい」「ゲームで女の子の可愛い声が聞きたい」という私のわがままな願望によって開発されました。初めて採用されたタイトルである『グランディア』から、オーケストラの奏でる壮大な音楽、そしてフィーナの可愛い声が聞こえたときは感涙ものでした。

ADX を最初に開発したセガサターンにはCD-ROM ドライブが搭載されていましたが、もちろんデータを読み出すためのピックアップは1 つしかありませんし、読み出し速度は2 倍速しかありません。普通の再生方法では音楽とセリフを同時に再生することは不可能でした。そこでADX はサウンドデータを圧縮するともに、音楽データを読み込んでバッファリング再生している間にセリフデータを読み込み、セリフをバッファリング再生している間にまた音楽データを読み込むというマルチストリーム再生を実現しました。この技術によって、音楽とセリフ、さらには環境音を同時に再生できるようになり、ゲームサウンドの可能性が大きく広がりました。

究極の職人技とMIDI によるゲームサウンド

私が学生だった頃にファミコンが発売されてから、CD-ROM が搭載されたゲーム機が発売されるまで、ゲームサウンドはMIDI 技術をベースとしていました。自分たちのゲームサウンドを実現するためにドライバレベルから開発しているクリエイターもいました。微妙にタイミングをずらして同じ音を再生し残響感を表現したり、微妙に音程の異なる2 つの音によって広がりを持たせたりしていました。

私の大好きだった『グラディウスⅢ』の音楽は今でも耳に残っていますし、皆さんにも忘れられないゲームサウンドがあるのではないでしょうか。限られたリソースの中で、究極の表現力を求めたサウンドクリエイターの方々に尊敬の念を抱いてやみません。

インタラクティブな効果音とオーサリングツール

インタラクティブに変化する効果音の代表といえば「エンジン音」でしょう。ゲームは映画やドラマと異なり、ゲームの状況に合わせて効果音がリアルタイムに変化します。車速やアクセルの開放度に応じてエンジン音は変化しますし、スタジアムの歓声や戦場の風や雨の音も絶え間なく変わっていきます。

こうした高度な効果音は、プログラマーとサウンドデザイナーが連携して作っていましたが、よりリアルな効果音を作成するためにマスターアップの直前でプログラマーとサウンドデザイナーが喧嘩になることや、実現したかったサウンド演出を泣く泣く諦めたなんてこともあったようです。そこで、プログラマーの手を煩わせずに調整できるオーサリングツールが求められました。オーサリングツールは、サウンドデザイナーとプログラマーの分業を実現し、より高度で豊かなサウンドをゲームにもたらしました。

しかしながら、オーサリングツールの機能によってサウンドクリエイターの表現能力が制限されてしまうこともあります。ADX からバージョンアップしたADX2 のオーサリングツールは、「積み木」のように機能を組み合わせることによって、エンジン音や歓声、さらにはオブジェクトごとの異なる距離減衰など、できる限り自由度の高いオーサリング環境を目指しました。

アダプティブミュージックと今後のゲームサウンド

マルチストリーミング再生技術によってゲームサウンドの表現力は格段に上がるとともに、音楽業界のタレントを幅広くゲーム業界に引き込むことができました。

でも、失われてしまったこともあります。MIDI ベースで実現されていたゲームサウンドには、常にテンポや音程という情報が存在し、ある意味では全てが音楽的だったのだと思います。

従来のマルチストリーミング再生では、単なる波形データの再生であり、音楽的な情報が失われていました。しかし『ファンタシースターオンライン2』や『アルトネリコ3』といったタイトルでは、ループシーケンスの技法を取り入れることによって、ゲームシーンに適応して変化する新しいゲーム音楽を実現しています。

このほかにもトラック構成のリアルタイムな変化や転調といった機能をはじめ、プレイヤーを盛り上げ、感動を与えるために、ツールはさまざまに活用されています。ADX の開発者としては、これからもサウンドクリエイターの創造性が発揮できるような技術を提供し、ゲームサウンドの発展に貢献していきたいと思っています。