音、音、音と遊ぶ
著者: 中村 隆之少し見方を変えてみよう。目を閉じてあたりの雰囲気を感じて欲しい。
あなたの周りでは今どんな音が鳴っているのだろうか?
もし雑踏の中にいるなら、どこまで音のディテールを聞きとることができるだろうか。静かな場所にいるなら、耳をすませて音を探してみて欲しい。空調のファンのノイズは聞こえないだろうか? 遠くで地面を揺らす車のロードノイズは? その音は心地良いか? 耳障りなのか?
普段無意識に耳にしていたその音が、実はいつもこの空間に響いていたことに気づいていただろうか? 音の聞こえない場所はない、あなたの耳はたとえ眠っている間でも音を感じ、支配されている。
1990 年の前後、ゲームセンターの店内は圧倒的なノイズで満ちていた。店内のBGM、笑い声、怒鳴り声、小銭の音、大きな空調の音、駆動するマシン、そして数十台のゲームから流れる、音楽、効果音。この音の洪水の中で、「ゲームの音楽を作っても聞いてもらえるのだろうか?」ということを僕は考えていた。
「なにより、聞いてもらえない音を作っていても仕方がない。」
当時ゲームセンターに行っても、ほとんどの場合はその筐体の小さなスピーカーから、わずかな音に聞こえてくるだけのように思えた。唯一、セガの体感ゲームのコックピットは、キャビネットに入ったスピーカーがちゃんとあって、サンプリングされた音を聞くことができた。それで僕は最初の就職先にセガを選んだ。
“ アーケードゲームマシン” は電子部品の固まりで、複雑に絡み合った要素が音の問題の障害にもなっていた。だから音楽のことだけを考えていても良いものができるわけではなかった。僕が熱心に訴えかけることで、当時筐体設計を担当してくれたスタッフは、随分いろんなことをトライしてくれた。ゲームの音が少しでもプレイヤーの耳に届くようにと、いろいろなスピーカー、アンプを試してくれた。僕も何度も音をサンプリングし直して、何より聞いてもらえることを第一に考えて、音を作ることができた。
ゲームでは、全ての音がプログラムで制御でき、プログラム次第でどんな風にも音を演出することができる。シーケンスな音楽をインタラクティブなものにできるのも魅力的だ。ロジックを考え、サウンドプログラムを書く仕事もとてもおもしろい。
実際この仕事を始めると、ゲームの音や音楽は不思議な力を持っていることに気づく。ビデオゲームが作り出す世界は画面の中なのに、ゲームマシンのスピーカーから出た音は、プレイヤーを別の空間に導く力を持っている。少し大げさに言うなら、大きな音のするゲームは、外の世界を支配する力を持っていて、観客達もゲームに誘うことがある。映像と音がインタラクティブに融合したときに、ある特殊な魅力と高揚感を与えるようだ。この仕事を始めてすぐにそういう体験ができて、ますます僕はゲームサウンドの仕事にはまってしまった。「ゲームから流れる全ての音が、1 つの音楽と言ってもいいのかもしれない」と、そんな風に考えるようになっていた。
「本来、ゲームの音を作るということはそういうことだった。」
僕がこの仕事を始めてから20 年余り、時代は変わりビデオゲームの主流は家庭用ゲーム機に移り、そして今はスマートフォンで遊ばれることが最も多いのだろう。音を取り巻く環境は随分変わってきた。「スマートフォンの小さなスピーカーで何ができるのか?」と思う人は多いのだろう。しかし、音楽アプリのマーケットは賑やかで、デジタル楽器の世界が変わりつつあるのを見れば、スマートフォンが音に向かないわけではない。むしろゲームマシンは、いつでも手にできるものになったのだ。これからは日常のノイズや、身の回りで流れるさまざまな音とマッチするようなサウンドを、デザインする必要があるのかもしれない。ライフスタイルが変われば、求められる音も変わっていく。
音はいつも僕らの身近にあって、そして音で遊び、音を楽しむことができる。
「そこに音がある楽しみを与えることが、できるだろうか?」
僕の頭の中では、そんな思いがいつも巡っている。