人工知能にたいせつなこと
著者: 三宅 陽一郎この本を読む方は、いろいろな方がおられると思います。しかし、ここではデジタルゲームの人工知能について興味はあるが、どう進んでいいかわからない、という方向けに書こうと思います。
1. まず自分で作ってみよう
何かに詳しくなるために、いきなり教科書を読んではだめです。まず、どんな小さくてもいいから、自分でゲームの人工知能を作ってみましょう。既にあるゲームでも、自分で作ったゲームでもいいです。その時に大切なのは、自分がどんなことを考えて作っているか、何が問題となっているか、気になったこと、使えないが思い浮かんだアイデアを書きとめておくことです。各ステップを記録し、あなたの「ゲームAI 制作日誌」をつけて行きましょう。そしてゲームと人工知能ができたら、人にプレイして貰った感想を書き留めるか、周りに人がいなかったら自分でプレイして感想を書きましょう。足りなかったこと、やりたかったこと、できたと思ってできなかったことリストにしておくとよいでしょう。
2. 調べてみよう
今、あなたのノートにはたくさん書きなぐった文章があると思います。果たせなかったアイデアや、何を書いてあるかわからない単語もあると思います。その中で、自分が一番気になったことを一つ選びましょう。そして、そのテーマについてとことん調べてみましょう。たとえば「感情」というテーマを選んだとします。感情と人工知能について本を調べ、論文を調べ、ネットを調べ、知識や技術を集めた上で、もう一度、自分が作ったAI を振り返ってみましょう。もっとよくできたか、あるいは、このゲームではこれが限界であったか。では、次にAI を作るとしたら、その知識をどう活かすことができるかを考えてみましょう。それをノートにどんどん書いておきましょう。このように、毎日、一つテーマを決めて、とことん探究して考えてみましょう。
3. 書をおいて街に出よう
あなたはたくさんの本や論文やネットの解説記事を読みました。でも、知識やヒントは文字や図の中だけではありません。この世界全体がもう一つの教科書です。動物園、水族館遊園地、街、人、自分の動作、映画、世界そのものが創作のヒントです。書をおいて街に出ましょう。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、肌で感じて自分の頭で考えましょう。何が人を動かしているでしょうか、動物の行動を前へ前へと推し進めているものは何でしょう。人はどうやって納得しますか。集団はどうやって秩序を得るでしょうか。鳥はどうやって自分の高度を決めますか。行列が形成されるのはなぜでしょう。人の噂はどうやって広がりますか。そう、作ることは、世界を新しく見ることでもあるのです。きちんと見ることができる人は、きちんと作ることができます。
4. いろいろなゲームのAI を見てみよう
さて、あなたはゲームの人工知能を作り、それについて反省し、見聞を広め、そこから知識と技術を得ました。ここで他の人がどうやってゲームのキャラクターを作っているか、実際にゲームをプレイしてみてみましょう。自分の好きなゲームでも、人工知能の評判がいいゲームでもよいです。普段、何気なく見過ごしていた、さまざまな人工知能の欠陥や美点が見ることができるでしょう。そういったものを、またリストにしてメモをしましょう。そしてプレイ後、そのリストを見ながら、どうすればそれを改善できるか、アイデアを書き加えましょう。
5. もう一度作る
ここまで来たら、もう一度ゲームの人工知能を作ってみましょう。前と同じゲームでも、違うゲームでもいいです。前に作った時に、果たせなかったことを実現してみましょう。書籍や文献から得た知識を活かしましょう。知識とは地図です。実際に自分で歩いてみて、初めてその知識を活かすことができます。また、自分で見て聞いて考えて得た結論を実践しましょう。人の作ったゲームAI を体験した記憶を活かしましょう。思うように活かせないかもしれません。前よりうまく行かないかもしれません。それでも、挑戦しましょう。そこであなたがぶつかった感触が、ゲームの人工知能に触れるということです。その感覚を大切にしましょう。それはこの試練を経て、はじめて得られた感触なのです。ゲームの中に躍動する知性の息吹を感じること、それがこの分野の最高の醍醐味でもあるのです。
6. 実験、知識、経験
ここでは「実験、知識、経験」の3 つのステップを説明しました。これを一つのサイクルとして何度もくり返し発展の螺旋を登っていきましょう。我々はこの世界に息づく生命であり、ゲームAI はゲームの中で息づく知性です。人工知能を作ることは同時に、知性を知ること、より良く生きることであり、知と生に関する本質的な経験を与えてくれます。