ビジネスベースでのゲーム開発
著者: 大信 英次「無理をするのは良くない。75 点を担保してくれればそれでいい」世界最大手のゲームパブリッシャーの制作プロデューサーからの一言が非常に印象に残っている。アメリカにはメタクリティックスコアという、複数のゲーム評価サイトの平均点がゲームクオリティの評価として広く認知されている。「無理をするのは良くない……」の一言は日本の制作スタッフの現地MTG での「90 点を目指して頑張ります」という一言に対してであった。
このやりとりがあったゲームタイトルは制作期間が特にタイトだった。納期遅れが絶対に許されない欧米ビジネスでは、納期遅れにつながる制作/ビジネスの要素を事前に極力排除することが基本となる。ビジネスとしてプロジェクトを成立させるために、言葉だけ聞くと日本人感覚からしてクリエイティブな良いゲームを制作する熱意に欠けるように感じるかもしれない。10 を超える家庭用ゲームタイトル制作を欧米大手ゲームパブリッシャーと経験したが、実際ゲーム制作における妥協のないアイディア提案、要望、修正依頼は日本より欧米パブリッシャーのほうが多いと現実的に感じた。ゲームの完成度が80%越えたベータと呼ばれる制作段階においても、ゲームクオリティを上げる要望が、納期厳守の中で出てくることもしばしばで、お互いプロのゲーム制作者として可能な限りアイディア、知恵を出し合いながらギリギリの状況で行われた。その要望も決して丸投げでなく、アイディアを提案し、一緒に考え、問題解決をする非常に熱意、パートナーシップに溢れるものであった。
欧米のゲームプロデューサーはバランス感覚に優れ、制作、ビジネスのバランスを取るために何を捨てて、何を得るかを常に念頭に置いたトレードオフ思考が非常に高い。制限の中の自由を理解し、納期、予算を守り、かつクオリティを一定レベル以上に担保するというビジネスベースのゲーム制作をごく当たり前に遂行している。ビジネスベースの企業での徹底は契約書にメタクリティックスコアの設定で予算減額ペナルティ、増額ボーナスが記載されていることからも理解できる。プロデューサーの年棒、ボーナス査定は売上本数だけでなく、メタクリティックスコアも影響している。販売本数だけでなく、ゲームクオリティが客観的に評価されなければ即年棒ダウンという厳しい結果に跳ね返るのだ。
日本はコンピュータゲーム発展の地として1990 年代まで世界でトップであり続けた。日本特有のゲーム制作思考、手法、体制からか欧米からは生まれない100 点を超える120 点のクオリティ、創造性を持ったゲームも多く生み出された。ただ納期遅れが多く、ゲームクオリティのバラつきが多いのも特徴でもあった。2 番手を走っていた欧米家庭用ゲーム企業は制作をシステム化し、汎用性のある高性能のミドルウェアを産み出し、映画制作のような分業制のゲーム制作をグローバルで最適化させた。結果、2000 年以降10 年間で日本の家庭用ゲーム企業は欧米企業に約5 年遅れる結果となった。クオリティにおいても制作システム成熟から生まれる美しさゆえか、非常に高いクオリティのゲームが欧米から多く生み出される結果となった。現在、他の業界でも同様のことが起こっている。日本企業がグローバルマーケットでビジネスが成功しないのも同様である。今ソーシャル要素があるモバイル端末のゲームは特殊で、ある部分日本が世界で一番進んでいるが、今後家庭用ゲームと同様の逆転劇を起こさないために、過去に学ぶことは多いのではと切に感じる。効率化を極めたシステムから創られるクオリティ、2 番手が1 番手を追い抜くグローバルのビジネス戦略、思考、手法、体制を、私たち日本のゲーム企業が学ぶべき点は多い。欧米のビジネスベースに、培ってきた日本特有のゲーム制作思考、手法、体制を昇華させ、その中から創られる進化した日本のゲームコンテンツの実現を期待してやまない。