「おもてなし」の心のすすめ
著者: 板垣 貴幸ゲーム業界、実はホテル業界以上に「おもてなし」が大切です。
そこのところを、ちょっと軽くお話ししましょう。
私は1971 年生まれ、ちょうど就職氷河期時代。就活は運良く進んでいましたが、地元の自治体委託清掃業者の車にひかれて、しばらく歩けなくなり、ふいになりました。ああいう時は不思議なもので、何もかも早く過ぎ去ってほしいと思うものですね。業者の方が来てもタフなネゴができる状態ではありませんでした。
でも、業者の方のお詫びにおいても「おもてなしの心」があれば、私の再スタートはもっと早く切れたのではないかと思っています。(逆の意味でのおもてなしとしては、「市会議員の名刺」を持ってきていたようで、たぶんにげんなりしました(笑))
「おもてなし」とは、「人に何かを喜んでやっていただくためのアシスト」と言えるでしょうか。
箱根の温泉に泊まりに行った折に、宿のおかみさんが来訪御礼の声を掛けてくれたり、お茶やお菓子を出してくれたりするのは「おもてなし」と言えるでしょう。そして、私たち泊り客は、宿とおかみさんに好意を持つとともに、「明日はどこに行こうかな? 温泉と食事はいつにしよう?」と脳内での考えを自然と進めていくことになります。
そこを、誰も出て来ず宿帳が置かれていて、宿帳を書き終わるとすっと出てきて鍵だけ渡されて戻っていってしまったら、どうでしょう?
そうですね、よく訓練された方でもなければ、旅のことなど忘れてしまい、不安を感じたり、怒りを感じたりするかもしれません。もしくは、帰ろうと思う方までいるかもしれません。「おもてなし」のあるなしで、人は自分がやろうとその直前まで思っていたことですら、やめてしまったり、その反対をやろうと思ってしまったりすることがありますよね。
私は企画ディレクション畑の人間でしたが、ゲーム開発現場で十年近くやっているうちに、後輩や別チーム別部署の方から「直接話すとどうもうまくいかないんで、上と(外と)交渉調整してきてくれないか」と言われるようになりました。ざっくり言えば、そこには、「おもてなし」の心を持って交渉調整の席に着く余裕がなかったんですね。
例えば、開発現場側は、開発が佳境に入りつつもスケジュールが押していてうるさいことは言われたくない、経営側は、開発現場が定めた時期に評価ロムが上がってこない上に人やお金を要求される、といった、ミーティング開始後すぐに決裂しかねない状況が、案外起きていました。
何もこれは開発現場側と経営側という関係だけでなく、内部開発と外部クリエイター、プロデューサーとディレクター、ディレクターと各職種でも発生することではあります。
「おもてなし」の心がないことにより、不安や不満を持たれたり、まったく期待と逆のことをされてしまうのは、温泉宿の客とおかみさん以上に、私たちゲーム開発者にとっては困ったことだったりします。
先ほど温泉宿のところで「訓練」という言葉を使いましたが、お客さんが訓練されている必要って本来はありませんね(まあ、そういう玄人向けの宿を使うことがわかっていれば、使う側が備えの覚悟をしていけばいいわけです)。
要は温泉宿のおかみさんが「おもてなし」をできればよいわけです。しかし、ゲーム開発の現場においては、また、ある意味仕事一般に言えることかもしれませんが、互いに温泉宿の客であり、温泉宿のおかみさんでもあることを認識しておいたほうがよいことは多々あります(そんな余裕があるかはまた別にして)。
互いに「おもてなし」の心をもって接すれば、開発と経営の、または内製チームと外部クリエイターの、はたまたプロデューサーと開発チームの、成功率と相乗効果は幾何級数的に膨れ上がるはずです。
そして、それはビジネスだけでなく、コミュニティにおいても、またそれ以外の場面においても活かされると思います。
私は今「おもてなし」をする仕事としてPM(プロジェクトマネージャー)をしています。プロデューサーやディレクターと違い、各会社やプロダクトにより、部署制だったり単独制だったり、権限の違いも多々ある「ゲームのお仕事」のひとつですが、表に出ない裏方として、関わる全てのプロジェクトが成功に向かえばと思っています。気持ちとしては<「Let The River Run」̶̶Carly Simon >でしょうか。皆様、頑張ってくださいね! http://youtu.be/JT3RaSXu8mU